Canticle Farm
[訪問記02]カンティクルファーム

だれもが帰ってこられる心の拠り所である家=ホームに世界の課題を招き入れ、対話を続ける

カリフォルニア州オークランドのフルーツベール地区にある非営利の民間施設。ここは収穫した果物を分かち合う町のガーデンであり、困難を抱えた人が安心して暮らし、あらゆる人が非暴力と修復的正義を学び集う場所でもある。最初に始めたのは、出所した受刑者たちの受け入れだった。自らの信念にもとづき、この場所で平和の活動を続けてきたアンとテリー夫妻を訪ねた。

報告者:浅野希梨

概要

日時 :2022/6/21.Tue. 10:30-14:00

場所 :Canticle Farm, 1968 (mail) / 1972 (visit) 36th Ave, Oakland

カンティクルファーム

内容

1:カンティクルファームのある場所

2:家という大きな存在

3:トロイさんのはなし

4:世界中の課題を招き入れる場所

6:報告者の感想

7:みんなの感想から

1:カンティクルファームのある場所

今回の訪問先の中で、私がもっとも想像ができなかった場所だった。ホームページを見ても、紹介動画を見ても、分かったようでちょっとつかみどころがない……。カンティクルファームは、バークレーの南の町、オークランドに立地している。

私たちが滞在していたバークレーは、町の規模もあまり大きくなく、有名なUCバークレーのある学園都市で、落ち着いた雰囲気の場所だったが、隣のオークランドは、治安があまり良くないことで知られているそう。移動の車中で、コーディネータ―の由香さんから、「カンティクルファームに用事があって、帰りが夜になるときは、玄関ギリギリに車をつけてもらって帰るくらいのところ」と教えてもらい、「そんな治安の悪いエリアでの平和の活動?」とますますどんなことをやっている場所なのかが分からなくなっていった。

車窓から見える街並みが明らかに変化し、なんとなく雑多な雰囲気のエリアであることが分かってきて、少しの緊張感がやってくる。車を降り、路地を抜け、緑が茂る開けた場所でアンさんが出迎えてくれた。

「ここにいる誰の言葉も、ここで起きていることを語っているものよ。(だから、沢山言葉を聞いていってねと言うように)」とアンさんが言う。

アンさんと、コーディネータ兼通訳の由香さん

2:家という大きな存在

場所の案内をしてくれたのは、モーガンさんという若い女性。タンクトップ姿が夏の日差しに映えている。「ここの土地は、元々は先住民、オロニ族の土地。私たちは、その土地を借りて住んでいる」と説明が始まった。

アンさんとテリーさんがその昔、毎週木曜日に、近所の住民へ食べ物の寄付活動をしていたそうだ。そのため、今もここに生えている植物は誰が取っていっても良いことになっている。カンティクルファームの敷地内には複数の家が建ち、それぞれの家は個性的なストーリーを持っている。そして、その家のストーリーこそがこの場所の活動と深く関わっている。

モーガンさんが、カラフルな家の前に案内してくれ、一つ一つの物語を教えてくれた。家々の間をフェンスで区切ったことは一度もなく、その中庭のようなみんなのスペースにはパッションフルーツ、プラムのような実を付けた木が茂っている。アンさんとテリーさんの5人の子どもたちもここにいた子どもたちと共に、このコミュニティのなかで一緒に育っていったそう。

さて家の説明。ここは、家という入れ物が軸にある。ある日、隣の家が空き家になり、そのタイミングで社会情勢の課題に立ち向かうのに役立つのではないか、と夫妻は家を引き受け、活動を展開していったのだ。

たとえば、ある家は、若者を中心とした社会変革をおこす活動家たちの家(モーガンさんはその一人)、ある家は、「元々の土地の人にこの土地を返す」という意味で先住民の血をひく家族に渡した彼らの住む家、避難所として使う家、月経中に女性がこもるムーンテントもあった。

そしてある家は、刑務所から出てきた人が住む家。実は、訪問の2日前にこの家に住む大切な仲間を失ったばかりで、私たちの訪問もこのために少し時間が変更になったのだった。旅立った彼は、44年間刑務所にいて、そのうち30年間は独房にいたという。

モーガンさんは、目を潤ませながら、そのポールおじさんから、孤独の中で生きてきた経験や心の在り方、自分をケアすること、正義のために声をあげ続けるといった大切なことをたくさん学んだと語ってくれた。カンティクルファームの土地にとって、彼の死は大きな悲しみなのだと、私の中にもじんわり染み込んでくるようだった。また、家という物質が軸にありながら、だれもが帰ってこられる心の拠り所である家=ホームがカンティクルファームなのだ。

たわわになるプラム。その場で味見し、お土産にプラムソースを頂いた。撮影:報告者

ポールおじさんについて話してくれた。モーガンさん(左)。撮影:報告者

3:トロイさんのはなし

ランチ前、ポールさんと同様に刑務所にいたというトロイさんの話を聞いた。刑務所を出てここで暮らす人たちは、短くても25年を刑務所で過ごしたという。トロイさんは言う。米国の憲法の中に人種差別が未だに残っているということ、刑務所では受刑者の能力が搾取されていること、刑務所が正義を体現するわけではないということ、きちんとした社会システムの回復が必要だということ……。

私には、まったく縁がないと無意識に思っていた人権差別の問題が目の前に現れ、だんだん頭と心の情報処理が追い付かなくなってきた。そんな過酷な境遇を過ごしてきた人が、こんなに穏やかに笑っている。そこでともに生き、受けとめる人たちもまた、穏やかでありながら、この土地と家々をひとつのホームとして力強くアクションを続けているのだ。カンティクルファームでは、ほかにもメキシコから国境を越えて避難してきた方を受け入れていたりするのだが、アンさんとテリーさんは「世界のあらゆる問題をこの場所に招き入れようとしている」という。

なるほど、この一画で、世界のあらゆる課題に向き合おうとしているということが分かった。そして、常にオープンであることも。

次から次へと語られる課題の重さとそれを受け止める人たちの心のあたたかさに触れているうちに、私は、ちょっとした言葉で涙がこぼれてしまう。

話をするトロイさん
ランチは、好きなものを取って乗せるタコスバー。食事の用意は学生ボランティアたちが行ってくれた。

4:世界中の課題を招き入れる場所

これだけ多様な、しかも社会の課題を背負った人々が集まり、コミュニティを作っていると、中に暮らす人の中で問題は起きないのか? そして起きたらどうするのか? という疑問がわいてくる。

「人が集まれば、そこに問題が起こるのはごく自然なことです。衝突もある。私たちは、愛と受容を学んで、非暴力で、必ず人に向き合って解決に向かおうとしています。コミュニティの中同士での解決が難しい場合は、第三者を外から呼んで話し合いをすることもあります。

しかし、話し合いの中で生じるストレスやトラウマに耐えられず去っていくこともあります」と、試みは辛抱強く行うけれども、いつも成功するとは限らないことを教えてもらった。上手くいかないこともあるけれど、共に学び、コミットメントをしてみることが大事なのだ、と。

アンさんによれば、ここは多くの流れが合流してダンスをしているようなところ、なのだ。特に2つの大きな流れを受けて活動を行っているそうで、ひとつは、アッシジの聖フランシスコの教え、そしてもう一つはジョアンナ・メイシーの思想である。

事前にぼんやりとした輪郭も描けずにいたのは、これまで似た場所に私が出会ったことがなかったからかもしれない。少し近い場所として、日本でいくつかを思い浮かべたが、ここまで多様な世界の問題を呼び込むなんて、やはり唯一無二の、私が初めて出会った場所なのだ。

福島から、持参した赤べこをお礼にプレゼント

5:報告者の感想

形容しがたい場所。簡単に説明できない場所。それぞれの物語を−―つまり自分も−―語っていい、と思わせてくれた。この場所で、ぼろぼろと涙が溢れ、頭と心が揺さぶられたのは、自分の中にある、見ないようにしていた不都合なモノに気づき始めたからなのではないか、とこの日の夜思った。

夢のような充実した1週間の研修を経て、帰国し、この場所で開けてしまった、ふたをしていた何かを見つめていこうと思っている。誰にとっても自分の人生は特別で、しかも抱える問題は自分だけのものではなく、外の世界と繋がっている。そして世界の課題をこの場所に持ち込もうと思っているという言葉は、穏やかな口調ながら、芯の通った強い意志を感じた。

カンティクルファームで育った子どもたちが外に出て行ったときに困ることはなかったか、といった質問があったが、アンさんが「内側も外側もない。すべては同じ世界の中で起きている」と言った言葉が印象的だった。私が無意識に作っている境界線は、その境界線すらひとつの課題になっているのだ。

これまで意識に上っていなかった問題がどのくらいあるのだろう。知ることすら怖い気もする。人種差別が身近にあり、それによって不当な刑罰を受け、人権が侵害されている現実も知る。一方でそれを語る人たちは穏やかで、私が想像していた社会活動家のイメージと大分かけ離れていることにも少し戸惑った。それは、暑い日差しの中、とてもポジティブな印象として心に残った。

6:みんなの感想から

・世界中の課題をここに招き入れて、どうやったら橋をかけられるか実践している場所。「実践の場」と言っているのが、新鮮で驚きだった。

・社会の中で「取り残される人々」や「差別」を解消しようとすると、どうしても両者の間にある壁を取り払おうというアプローチに目が行っていたが、異なるグループの人たちが一堂に会するというのは、とても面白いと感じた。

・若い人が惹きつけられて、この場所にいることが印象的で、魅力的な場所なんだなと思った。私が住んでいる場所では、なかなか多世代の交流や、シニアの方が始めた場所に若者が魅力を感じて一緒に活動する事例が身近になくて、新鮮だった。

・カンティクルファームで起きているひとつひとつの出来事は社会の縮図であり、非暴力や修復的正義をもってこの地のあらゆる問題に向き合っている。この場こそ変革の地であることを感じました。

・住宅地の中で、路地や庭でつながる。そういう空いた空間に人が集いあう。土地の再生、水の流れを戻す。コモンズを増やすことがコミュニティの富になる。

・罪を罰したり社会から排除したり、世間的にいうマイノリティが生きにくい社会を作るのではなく、どうやったら次のステップにつなげられるか、一緒に社会を作っていけるかを体現している場所。〜すべきというように強制するのではなく、個人の自発的な思いを尊重している点も印象的だった。同じ空間をシェアすることで、人と対話することが必要になったり、協力が必要になったり、社会において人とうまく付き合っていくことをその空間で常に行っているという印象も受けた。

・揉め事があった時のための場所があるというのも新鮮に感じられました。それは必要な場所なのだろうと思います。揉めること、話し合うことを恐れない。それで去ることも、時が来て卒業することも、また戻ってくることも、全て受け入れられる場所。そしてその場所の空気感を創っているのは、アンとテリーの信念であり、それを受け継いでいる方々でした。

・怖がることなく人種差別、性差別、先住民問題、移民問題などなどありとあらゆる問題を受け入れようとしていることに心を打たれました。閉鎖的でなく、開かれていることも印象的でした。また長い時間このコミュニティを運営していても、私たちもどうしたらよいのか考えているというのが、とても勇気づけられました。

・決して他人事にしない、というファームの皆さんの強い思いを感じました。

・アンさんが最後にお話をしてくださった広島・長崎の原発に対する言葉は、「私自身が、日本の課題を他人事として見ていたのではないか?」とはっとさせられました。いまでも思い出すと胸が締め付けられるほど、アンさんの深い愛に心が動かされました。大切なことに気づかせていただいたと感じています。

・素晴らしかった、心がずっと震えていました。「世の中のために私に何かできることはありますか? の集合体」

・やはり自分の意識改革、まずは自覚することから。自分自身が差別をする可能性のある人間であること。そうなりたくはないと思っていること。そうならないためにどうしたらいいかを考え続けること。一緒に考えられる仲間が持てたらとても幸せなこと。

・周りからの抑圧を感じて自分自身のエネルギーが縮こまってしまう経験から、どうしたらよりよい対話を促せるか考えてきたことに、ヒントを得られました。

・それぞれの歴史を持つ多様な人種や民族、年代が共同生活している上で、自分たちだけでルールを作ろうとすると、誰かの主観(特にオーナー的役割の人)が入るので、学術的に認知されているメソッドを活用するのは公平性の観点からも良い方法だなと思いました。また、ひとつの社会実験を続けているという印象も受けました。あの場で生活をしながら、いろんな人を受け入れるお二人の確固たる信念たるや……。尊敬しかありません。