The Castro Walking Tours
[訪問記04]カストロ地区 ウォーキングツアー

私たちは物語を変えないといけない。一人の人間として自分自身に素直に、私たちはNOと言ってもいいのです

カストロ地区は、サンフランシスコの街の中心部から電車で10分ほどの場所に位置する、カストロ通り沿いの繁華街のこと。訪問したLGBTQプライド月間中は特に、レインボー・フラッグや装飾で賑やかに彩られていた。ハーヴェイ・ミルク(1930年 – 1978年)が同性愛者の権利活動を通じて政治家となった来歴を映画「MILK」で予習した上で、当事者アクティビストであるガイドのキャシーさんにこの地区のウォーキング・ツアーを行なってもらった。

報告者:稲村友紀

概要

日時 :2022/6/22 10:30-12:00

場所 : Castro St, San Francisco

    https:

ツアーガイド:Kathy Amendolaさん

内容

1:LGBTコミュニティの始まり

2:レズビアンであるキャシー自身の視点

3:ピンク・トライアングル・メモリアルを訪ねる

4:エイズ・メモリアルキルト

5:旧カストロカメラ前でキャシーとのQ&A

6:報告者の感想

7:みんなの感想から

1:LGBTコミュニティの始まり

カストロ地区とは

カストロ地区は全体で45ブロックもある世界で一番大きなLGBTコミュニティである。1840年代のゴールドラッシュの際に一攫千金を狙う若い男性たちが集まり、友情を超えた絆が育まれていたことがサンフランシスコに大きなLGBTコミュニティが生まれるきっかけだったと言われている。

カストロ劇場前でガイドのキャシーと待ち合わせ、ツアーは大きくはためくレインボー・フラッグの足元で始まった。

性の多様性とハンカチコード

LGBTQと一括りにできないほど、多様な性がある。また、ジェンダーアイデンティティと性的嗜好は違うものである。性的嗜好について口に出すことは簡単ではないため、昔からゲイ文化の中ではハンカチなどを用いてサインを送り合ってきた。例えば、好みがフェミニンポジション(下)であれば赤のハンカチを、マスキュリンポジション(上)であれば青のハンカチをズボンの後ろポケットに入れる。赤でも青でもないバイセクシャルは、ラベンダーカウボーイとも呼ばれる。

今では男性だけでなく女性もハンカチコードを使ってセックスアクションを示している。ハンカチ以外にも、片耳にイヤリングをつけてゲイを表すこともある。

2:レズビアンであるキャシー自身の視点

社会からの女性に対する期待

社会は、女性に対して結婚や妊娠を求めている。でも、それは正しくはないと思う。女性の中には子どもを持つことが身体的にできない人も、選ばない人もいる。セックスは子どもを産むためだけでなく、愛や尊厳のためでいいと考えている。

女性は男性より劣っているわけじゃない。力を取り戻す必要がある。女性は子どもを産むことやそのほかでも、たくさんの犠牲を払っている。

不公平さと差別

1977年 ハーヴェイ・ミルクがゲイをカミングアウトしながらも議員に当選したことで話題になったが、実際にはレズビアンである女性がハーヴェイが当選する2年前から存在していた。アメリカでも女性に対して平等な権利が与えられてない。女性は平等な収入がもらえない。

私(キャシー)自身も、女性を愛すると決めた時にたくさんのものを手放した。結婚が法的に認められたことで多くの権利は与えられるようになったが、いまでもパートナーとして認められず病院での面会を許されない、レズだから家を借りることができず住めない、という州もたくさんある。公共サービスの中にも、差別は存在している。

LGBTQは特に差別を受けており、他の人の2.5倍のストレスを抱えていると言われている。いまでも、世界でたくさんの子どもたちが命を絶っている。なぜなら多様性が認められていないから。

トランプ大統領がLGBTQに対する差別行動を行っていた時期、アメリカの250の州で反LGBT の政策が通った。すでに可決している州が赤、法案が出されている州が青になっている。

3:ピンク・トライアングル・メモリアルを訪ねる

レインボー・フラッグとピンク・トライアングル

プライド・フラッグは、以前は、ピンクの三角形をしていた。第二次世界大戦の際のドイツで、強制収容された人々は三角形のラベルをつけられたのだが、ユダヤ人は黄色の三角形、同性愛の男性にはピンク・トライアングルが貼られていた。レズビアンは、身体的な障害を持っている人や売春婦と同じ、黒い三角をつけられていた。ピンク・トライアングルは今はネガティブな意味ではなく、ホロコーストで殺された同性愛者を悼み、LGBTQのプライドや権利を象徴するシンボルとして使うように変わった。

ピンク・トライアングル・メモリアルという小さな公園に来た(2454 Market St)。置かれているピンク色の石(ローズクオーツ)は、ここに来た人に持ち帰ってもらうことを目的にしており、世界中に広がることを期待している。石は、全部寄付でまかなっている。メモリアルにある石像は1本あたり1000人の殺害された人を表しており、合計15本、15000人の人が殺害されたことを示している。

6月はLGBTQプライド月間であり、4マイル先までレインボー・フラッグが掲げられている。レインボー・フラッグは1978年にここカストロでデザインされて以来使われている。今ではダイバーシティフラッグやプログレスフラッグなど130を超える種類のレインボーフラッグが存在する。

写真のプログレス・フラッグでは白・ピンク・水色でトランスジェンダーを、茶色と黒は人種的インクルーシブ、黒はエイズで亡くなった人も表している。

4:エイズ・メモリアルキルト

エイズとキルトについて

エイズは1981年に広まった。感染したら6か月から2年で亡くなる病気である。最初の1年で2000人が亡くなった。当時政府は目を向けておらず、国からのケアもなかった。

お墓の大きさを表した8種類のキルトを作成したことをスタートに、エイズで亡くなった方の分だけキルトを作成し、毎年1週間キルトを並べる行事を行っている。去年は5万パネルが並べられていた。この運動から、政府がエイズ基金を設立するまでに至った。常時、このエイズ・メモリアルキルトを展示している飲食店で実際のキルトを見る。(2362 Market St)

エイズが流行した際に、レズビアンの女性がケアをしていた。エイズになると手や口に腫れが出て病院でも受け入れを拒否されていたが、それをレズビアンの女性たちが見てケアをしていた。エイズがおきて女性が活躍したことから、GLBTからLGBTに変わった。

5:旧カストロカメラ前でキャシーとのQ&A

ツアーの最後は、ハーヴェイ・ミルクがかつてパートナーと営んでいたカストロカメラ(The Castro Camera , 573 Castro St)があった場所で締めくくられた。ここで、キャシーとのQ&Aの時間をとった。

Q.  無意識の差別をどのようにしたら消せるか?

A. 女性としてすでに差別を受けている。私たちは物語を変えないといけない。一人の人間として自分自身に素直に。私たちはNOと言ってもいいのです。自分自身に誠実でなければ、家族も幸せにできないと考えています。

Q. カストロでこれほどまでLGBTQの運動が盛んになり人が集まったのはなぜか

A. まずは、ハーヴェイ・ミルクがいたから。そして、自由に愛するため。まだ発展途上の文化だと感じているが、ここから歴史を変えていくという気持ちで集まっている。闘争ではなく、組織していく。たくさんの痛みがあるから、声を上げ続けられる。

6:報告者の感想

私たちの周りには不公平が存在しているんだ、ということに気づきました。言葉にしないから、気づいていても口にしないから、諦めてしまう環境にあるから、さまざまな理由でジェンダーをはじめとする不公平の問題について議論されなかったのだとわかりました。印象的だったのは、「LGBTなど多様性を理由に多くの子どもたちが命を絶ってしまう」という事実です。レズ、ゲイ、などのラベルだけでは収まり切らない、その人のありのままが受け入れられる社会であるべきだと改めて感じました。「組織して、歴史を変えていくんだ」という意志が感じられ、まさにここが社会変革の現場なのだと強く感じることができました。

7:みんなの感想から

・アメリカ全土を見ると、まだまだ十分に受け入れられていない文化で、「まだ発展途上の文化です」という言葉が印象的だった。日本と比較すると、アメリカはLGBTQ+は受け入れられて進んでいると勝手に思っていた。

・アメリカ流民主主義を感じました。世界で最もLGBTコミュニティが進んでいる45ブロックという言葉が刺さりました。また9割の州で反LGBT法が提案されたりその中でも可決した州があったりと、日本よりあからさまな差別が公にあることにびっくりしました。

・それでも「変わる」ということを信じられる社会なのは、社会変革活動にとっては希望なのではないでしょうか。今日はダメだけど、明日は私たちが勝つと思って行動できるのは、変化を経験しているからこそかなと思います。

・LGBTQ+の「L」が前についた経緯を初めて知ることができてよかった。ゲイ、男性の運動・活躍が一般的に注目されているが、レズビアン、女性の運動・活躍が裏側にあること、それは表向きには取り上げられていないことが衝撃的だった。男性社会なんだなと……。

・声を上げること、意思を表明すること。サンフランシスコではカストロ地区だけでなく、街中の至る所にレインボー・フラッグ、プログレス・フラッグが掲げられていた。ホテルやデパートなど、フラッグを掲げていることで、声を上げ・意思表明しているんだと感じた。フラッグを作るワークショップや、そのフラッグをシェアスペースに掲げるなど、仲間と一緒にできることをしていきたいと思った。

・話しにくいことをビジュアルで示していく。それがLGBTの多様性を生み出す方法としてあらゆることに通じることを学びました。自分のアクションを示す、表現することの大切さ。
社会が求めることは女性が子どもを産むことであったり、社会的地位の確立のためにも結婚することだが、それ自体が自分の喜びや愛とどうつながるのかを問うこと。私の多様性に対する考え、捉え方が更に拡張され、個の自由を尊重する社会をどうしたら作れるかも考えるきっかけになりました。女性として生まれて、女性として差別されていることがあることに対ししっかりNOと言えること。声をあげることの大切さがよりよい社会の原動力になることを信じていきたい。

・事前に見た映画の舞台を歩くのは本当にワクワクした。それは、少し緊張感を伴うもので、いわゆる当事者でない自分が、ここの場所を興味本位でじろじろ見まわしていいのかな、といった感情があったと思う。ツアーガイドという職業ではあるけれど、キャシーさんは伝道師で、世界中に種をまいている社会活動家なんだという点も、これまでない視点で、アクティビストのイメージが変わった出来事となった。

・性の多様性は、身近に感じられることがなく何となく人ごとのように感じていました。でも、隠して苦しい思いをしている人がいるかもしれないと思い、私自身が無意識の差別をしないためにももっと性の多様性について学ぼうと思いました。

・自分の心と向き合い、自分自身を大事にすること。自分に嘘をつかず、「NO」と言っても良いと言う言葉に勇気をもらいました。

・親族にも友人にもLGBTQが多いので象徴的な場所に行けたことは嬉しかった。主張ができている事が素晴らしいし、その場所を守ってあげたいし、声をだせない子達を導いてあげられたらと思っている。

・映画『MILK』を予習として日本で観て、(あぁ、ここがあの映画で観た場所なんだ)と少しミーハーな気持ちが湧きながら、始まったツアーの最初から事件現場近くに遭遇したり、血まみれの男性がフラフラしていたりと、緊張感のある街でした。

・キャシーさんのお話の中で特に印象的だったのは、ハーヴェイ・ミルクよりも前にレズビアンの議員が誕生していたけれど、大きな歴史として残されていないこと。レズビアンとゲイとの間に男女差がある?という複雑な事実。私は正直、カストロでは複雑さが増してしまいました。多様性を認めようという旗の種類があまりにも多いこと。細分化に細分化され、その違い(旗が示す主張)を理解し、認め合う。とっても難しいことではないですか? 目指すは、細分化したそれぞれの違いを主張しなくとも認め合える社会なのかなぁと、思うけれど、そこに至る過程では、今のようにそれぞれに認めてほしい違いを主張する必要があるのかなぁ……と、とにかく複雑な気持ちです。

・たくさんの主張に溢れた街。足元には歴史を築いてきた偉人達の紹介が。今まさに歴史の過程であり、でも街自体がそれを商業的に利用している空気感もあり、とにかく複雑でした。

・認め合うということは、私は私、あなたはあなた。お互いのやっていることに特に関心を示さずに、口出しもせずにということではなく、私は私、あなたはあなた、お互い違うけど、それぞれいいよね! とハグできることなのかなぁ。これもやはり私の苦手な分野であるということを再認識。この苦手分野について、変わったほうがいいのかどうかを考えたり、話したりしたいと、今は思う。